ベルリンで禅のスピリットを味わえるファイン・ダイニング「OUKAN」

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ミッテ地区に佇む、板張りの外壁が印象的な「OUKAN dining (オウカン・ダイニング)」。黒を基調とした日本のファッションブランドを主に扱うコンセプトストアとして2011年にオープンし、その後、精進料理を提供するファイン・ダイニングとして、2021年にリニューアルオープン。ベジタリアンやビーガン、日本レストランが数多くあるベルリンにおいても精進料理にフォーカスした店は珍しい。その背景には、日本の「禅」から得たインスピレーションが大きく関係しているという。

ファウンダーの一人であり、内装デザインも手掛けているHuy-Thong Tran Mai (フイトン・トラン・マイ)さん、そして、「OUKAN」の看板メニューであるお茶の専門アドバイザーの磯山亜都子さんにインタビューを行った。お店のコンセプトから「禅」の真髄に至るまで話を聞かせてもらった。

「OUKAN」の料理について

ー菜食主義者が多いベルリンですが、日本の伝統食である精進料理を知っている人は少ないと思います。なぜ、精進料理にフォーカスされたのですか?

フイトン・トラン・マイ(以下、フイトン)私は、仏教のお寺で育ちました。子供の頃から僧侶や庵主(あんじゅ)から「お寺で食するべきものは何か?」ということを教わってきたんです。「OUKAN」は、元々(東日本大震災後に)福島のデザイナーを援助する目的で、日本のブランドをメインとしたコンセプト・ストアとしてスタートしました。でも2018、2019年頃に今の「OUKAN」に満足していないことに気付いたんです。知名度が上がり、ファッション感度の高いお客様が増えましたが、私たちが目指していたものとは違いました。そこで、エリック(ファウンダーの1人)に相談し「OUKAN」のスピリットとは何か、キープしたい要素は何か、ということを改めて話し合いました。そこから、“体(ボディー)と魂(ソウル)を養う健康な食べもの”へと行き着き、精進料理のレストランを始めることにしました。「OUKAN」のスピリットである日本コンセプトを残したかったことも大きな理由です。

盛り付けも美しい精進料理コース

ー「OUKAN」で使われている食材はビオですか?

(フイトン)できるだけビオにしています。日本茶などでも栽培方法からビオだと分かっていてもビオ認定のマークが記されていないものもあります。私たちは見れば分かるので、ビオ認定マークのないものでも使用していますが、品質の保証は間違いありません。

ーベルリンには、地元の農家から仕入れた食材を積極的に使う「地産地消」を取り入れたレストランが多いですが、ここではどのような方針を取っていますか?

(フイトン)当店でもブランデンブルグ州などの近隣地域から、なるべく多くの野菜やメインの食材を仕入れるようにしています。それぞれの地域に住む人にとって一番良い食材は、その地域で育つ食材だと考えています。近隣地域から新鮮なまま仕入れることと、ベルリンであっても精進に沿ったメニューを提供することをモットーにしています。そのため、僧侶に材料を事前にチェックしてもらっています。季節の旬の野菜

ー提供されている料理には、精進料理では使わない「五葷」と呼ばれる、ニンニクなどの食材は使用されていますか?

(フイトン)はい、使っています。これについては、ファウンダーの間でも長く議論をしましたが、健康上の理由から使うことにしました。精進の思想だけでなく、健康に良い食材を提供することも、とても大事なことだからです。シェフの一人であるマーティンは新メニューを考案する際、それをお寺に送り、ハーバル・メディシンのスペシャリストである僧侶たちに見直してもらってます。健康は精進において、かなり重要な要素になります。お寺の精進では、和尚のために料理をすることが許されていますが、そうすることによって、食べものが健康にもたらす効果や効能についての知識を得ることが出来るんです。ただ、植物療法の資格を得るには、医学の分野で6年ほど勉強しないといけませんので、当店では僧侶にチェックしてもらう方法を取っています。

ーお店のインテリアデザインには、どんなこだわりや特徴がありますか?

(フイトン)なるべく自然素材の要素を取り入れるようにしています。ウエイティングスペースの天井に吊るしている黒い瓦は日本から仕入れました。リノベーションするタイミングがちょうどコロナの最中だったので、瓦が届くのをずっと待ってて、いつ来るんだ?と、不安で仕方ありませんでした。
メインダイニングの壁にはシダを使用し、ワビサビの思想を取り入れたオーセンティックなスタイルに仕上げています。あとは、色使いも抑えるようにしました。自然でシンプルでダークにすることで、一緒にいる相手に集中できるような空間作りを意識しています。照明もミュージアムにあるようなライトを使用していますが、座った時に顔の色が統一される効果があります。男性はそこまで気にしない人が多いですが、女性は、キャンドルライトみたいに顔の影などがなくなるような照明を好みますよね。それが一番居心地がいいからだと思います。

それと、来月(2022年7月)からですが、毎週月曜日に更に厳格な「伝統的」な食べ物と食事環境を提供するスペシャルメニューを提供する予定です。周囲を気にせず、静かな空間で食事を嗜むことができる“個室”のような特別席

ー「OUKAN」の将来のビジョンや目標を教えてください。

(フイトン)私たちは「OUKAN」の長期的なビジョンとして、ホテルのように落ち着ける空間を提供できることを目指しています。お客さんが瞑想したり、ヨガを習ったり、疲れている時は、ただゆっくり休むだけでもいいですし。そういった誰もが落ち着ける場所、自分の真のエネルギーを見つけられる場所を目指したいと思っています。

レストランでは、お客さんに提供する時間は約2時間から2時間半ほどしかありませんが、「心を落ち着かせる」ことを学んでいるお客さんにとって、その効果は数日間持続します。私がリトリートに行った際に得る、体と心の安らぎを、少しでもお客様に提供できたら嬉しいです。Huy-Thong Tran Mai (フイトン・トラン・マイ)さん

私は本当にラッキーだと思っています。「OUKAN」というこの場所は、自分の人生にいろいろなものを与えてくれました。自分自身の利益のためだけでなく、家族と環境、他人をも思いやる気持ちを忘れずに努力する、そうすることで、双方にとってメリットが生まれるのです。そういったアジア文化に基づく大切な思想をドイツで広めていきたいと思っています。

「OUKAN」が提供しているお茶に関して

「OUKAN」ではダイニングの他に「OUKAN Tea」というカフェも併設されている。日本茶をベースとした様々なドリンクやスイーツを提供しており、繊細な香りを存分楽しんでもらうため、敢えてコーヒーは出さないというポリシーを持つ。

店頭のショーケースに並ぶスイーツは、味噌とダークチョコレートのトリュフ、じゃがいものタンパク質を泡立てたメレンゲやマカロンなど、ヴィーガンならではの工夫を凝らしている。また、サトウキビのしぼり汁から抽出された糖蜜のローシュガーなど「OUKAN」の思想に沿った食材や調味料のみを使用している。

ーなぜ「OUKAN」では、お茶をメインメニューにしたのですか?

(フイトン)まず、「精進」ではアルコールが禁止されているため、ワインペアリングを提供していません。ヨーロッパでは、アルコール飲料なくしてレストラン営業をすることはかなり難しいので、一応メニューにはありますが、是非ともお茶のペアリングで精進料理を嗜んで頂きたいです。そういった理由から「OUKAN」にはワインソムリエではなく、二人のティーマスターがいます。香港育ちのジョイスには、中国と台湾のお茶に関しての専門知識を、磯山さんには日本茶に関してアドバイスをしてもらっています。

ティーペアリングはワイングラスを使用

ー磯山さんは、どのようにしてお茶の専門知識を培われたのですか?

磯山亜都子(以下、磯山)京都に住んでいた頃に茶道を始めて、日本茶アドバイザーという資格を取得しました。私は健康だけではなく、お茶にまつわる伝統と文化が好きという理由で茶道を始めたので、それらも一緒に伝えていきたいです。日本茶アドバイザーの磯山亜都子さん

ー日本茶が「健康にいい」などの宣伝はされていますか?

(磯山)ドイツの規則上、「このお茶は何に効きます」という宣伝は、薬局や医師のみ許可されています。例えば、どくだみ茶も日本では漢方薬として販売されていますが、当店では効能を謳ってはいけないんです。”ドイツで正式に認定されてはいませんが、日本ではこういう効果があるとして飲まれています”とお伝えすることは可能だと思いますが、なかなか難しいですね。

ー磯山さんのおすすめドリンクはどれですか?

(磯山)抹茶フラッペが一番人気が高いですが、私が一番おすすめしたいのはコールドブリューのアイスグリーンティーに果物が入っているメニューです。ピーチティーが人気ですが、私個人的にはキウイ味の方がおすすめです。フラッペの種類は抹茶のほかに、ほうじ茶と黒胡麻があります。黒胡麻フラッペは、黒胡麻ペーストから作っていますが、ドイツ人にはなかなか想像がつきにくいという印象を受けます。

「OUKAN Tea」では、磯山さんによる手軽に抹茶を楽しめる御作法を学べるワークショップを開催している。

「OUKAN」が精進料理のファイン・ダイニングとして注目を集めているのは、ドイツにおける日本食ブームだけでなく、健康に気を使い、良質な食べものを求めている人が多いからという理由もあるだろう。実際、カフェを取材中にもお客さんの足が途絶えることがなかった。ミッテ地区という常に新しいカルチャーを発信しているエリアであることも影響しているかもしれない。しかし、伝統的な日本文化に触れることができるレストランとして「OUKAN」が評価されている一番の理由は、ファウンダーとチームによる「禅」への深い理解と、それを伝えていきたいという真摯な想いであると感じた。

OUKAN Dining
https://oukan.de/
Ackerstraße 144, 10115 Berlin

OUKAN Tea
https://www.instagram.com/oukantea/

Interview & text by Kana Miyazawa, Fuko Chiba